違わない

※完全にネタですが夢小説です。今年のM-1見てないとよく分からないかもしれません

 

私は数学がすごく苦手だ。どれくらい苦手かというと、定期テストで赤点をギリギリとったりとらなかったりするくらい。今回のテストではギリギリ赤点をとってしまったから、追試を受けなくてはならない。追試は同じ範囲から問題が出されるのだから、パスするのが当然だと思われるかもしれないが、それは強者の理論である。分からない問題をもう一度出されても、分からないのだから分からないに決まっている。だって分からないんだから。数学弱者の自分ひとりだけで追試に立ち向かうことは到底できないので、いつも通り数学強者の友人に指導を頼むことにした。それが、幼馴染みの村上だ。村上は成績上位者に名前が載るほどではないけれど、そこそこに数学が得意だ。私からすれば十分に数学強者である。村上は小学四年の頃、私の近所に引っ越してきた。ふたりともお笑いが好きということで仲良くなり、中学生の思春期ど真ん中の頃はお互いに距離を置いたりもしたけれど、高校で同じクラスになったことがきっかけで、再度話すようになった。私の周りで、一緒にお笑いを語れるのは村上しかいない。村上も同じ状況のようで、また昔と同じように日々お笑い談義に興じるようになった。それが高一のことで、高二の今はクラスが離れてしまったけれど、時間が合えば一緒に帰ったりしている。私は数学の追試に引っかかるたびに村上に指導を強要し、村上もしぶしぶといった様子で付き合ってくれる。一応、毎回リターンは用意していて、今回は、過去のオールザッツ漫才の名場面をまとめたDVDを渡すことになっている。私はこのDVDの編集に、テスト前の多くの時間を費やした。それが果たして役に立つことになったのである。

 

放課後、二年一組の教室は、私と村上のふたりだけだ。窓ガラスを通り抜けて、女子バレー部や野球部の独特のかけ声が聞こえてくる。私は教室の一番後ろ、窓際の席に座り、村上は私の一つ前の席で、私と一緒にノートをのぞき込むように座っている。

村上はまず、範囲に含まれている公式や定理を一通り簡単に説明してくれた。

そして、黒縁丸眼鏡の奥のまあるい目をこちらに向けながら、

「テスト範囲はだいたいこんなもんじゃない?ざっくりだけどね。で、これ、見といて、ぴって横に線引いて、上からちょんちょんって縦に2本線引くのが『回答終わり』って合図だから。じゃあこれ踏まえた上で基礎問題から解いていこうか。追試のシュミレーションしといた方がいいからね」

「分かった、じゃあ間違ってるところあったら言って」

「うん、じゃあ違うところあったら間違ってるよって言うわ、違うよ~って言ってあげるわ。はいじゃあこれからやってみ?」

私はノートに回答を書き始める。最初は因数分解だ。すぐに村上のよく通る高音が教室中に響き渡った。

「あ!違うよ!?違う、ねえ違うよ!?違うよ、違う違う、「村上」をかっこでくくるの違うよ!?違う違う違う違う、何やってんのそれ、xになに代入してんの、「村上」代入すんの違うよ!?違うよ違うよ、線引っ張って縦2本で、終わりーって違うよ!?」

「x、筆記体で書いた方がよかったかな?」

「ん~いやそれどころじゃなかった!漢字2字が数学の答えになることなんてないから!!それに何で僕!?」

「あ、そうなんだ、うん」

「ちゃんとやってよ~!?追試パスしなきゃなんだから」

「うん、分かった、うん」

「はい、じゃあ次はやってよちゃんと」

私は回答を書き出す。するとまたすぐに、村上のよく通る高音が教室中に響き渡った。

「もお~、たぶん違うよ~、ねえ眼鏡描いてない?なんか、「8」を使って僕の丸眼鏡を表現してなんて言ってないよねえ!?解く前に、問題文に出てくる全ての8の横に2本線足して丸眼鏡にするなんて僕言ってないよね、違うよ!違うよ!違う!違う!」

ノートから顔を上げてみると、村上のふくよかな頬は真っ赤に染まっていた。言葉を発する度に、下あごのお肉がふるふると小刻みに震える。私はノートに再度目を落とし、回答を書き続ける。

「問題文に眼鏡が何人も登場することになっちゃってるから、一定の間隔で丸眼鏡野郎が登場しちゃってるから、ち~が~う~、また線引っ張って縦2本で、終わりー、じゃねえんだよ!」

 

こんな調子で2時間くらい、追試のための勉強に付き合ってもらった。村上のおかげで、来週の追試は無事にパスできそうだ。窓の外を見ると、日はすでにとっぷり暮れてしまっていて、真っ暗だ。運動部の声も聞こえない。帰り支度を整えながら、ふと気になって村上に聞いてみた。

「村上さ、こんな時間まで私に付き合ってくれていいわけ?」

「え、どういうこと?」

「だって村上って、私と同じクラスのユリのこと好きなんでしょ?ミッコから聞いた」

「え、違うよ!?」

村上のハイトーンボイスが静寂を震わせた。

「え、違うの?」

「違うよ!?違う違う」

「違うんだ、じゃあユミ?」

「違うよー!?違うって」

「じゃあ~、キララ?」

「いやだから違うよ!?違う違う違うってち~が~う~」

よっぽど否定したいのか、村上は自身の声のリズムに合わせて、右足で軽く地団駄を踏む。そんな調子で学年の女子ひとりひとりの名前を挙げ続けたけれど、村上はあの高音ボイスで否定するばかりだった。残る女子はひとりだけ。それは…

「じゃあ………私?」

「えっ……」

いつもリズムよく突っ込みを入れる村上が、言葉に詰まるのはとても珍しい。早鐘のように鳴る自分の心音を嫌になるほど意識しながら、私はそれでも質問を重ねた。

「違わ………ないの?」

村上の頬が、村上が着ているカーディガンの薄桃よりも、ずっとずっと鮮やかな桃色に染まった。眉の上で真っ直ぐに切りそろえられた前髪の下で、まあるい瞳が左右に細かく揺れている。

「か、か、帰るよ…!」

その日の帰り道、足早に先を歩く村上の分厚い背中を、私は無言で追いかけ続けたのだった。

次の日、オールザッツ漫才のDVDを村上に差し出す、私の手が緊張で震えていたことも、今となってはいい思い出だ。

 

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